「チカラ」の代償





大きな「チカラ」を持つということは、それだけ大きな「代償」があるということです。

その「代償」となる様々な出来事を乗り越えて、ようやく「チカラ」が入る「器」となり得る。


魂はそれを「承諾」して生まれてきたかもしれない。

しかし、人間である「エゴ」の部分はそのような承諾とは無関係であります。

「チカラ」を持つ多くの人が人生において、困難や葛藤の末にようやく「チカラ」を納める「器」となり、「チカラ」と一体となっていくのでしょう。



『大きな力には代償が必ずある』

先日知り合った「全てを見通す神の目」を持つ女性は、「視力が失われたほうの瞳」で見ています。

「神の目」の代償として「人としての目」が失われています。


そして、子供のころから「二つの世界」の狭間で、大変苦しんで生きてきています。

二つの世界の狭間に生きるということは、毎日が「恐怖」の連続でしょう。

実際、その恐怖を少し語ってくれました。

だから『子供には普通に生きてほしい。力などいらない。』

生きる上で失うものの大きさを、しみじみと噛みしめながらそう語ります。




『その「癒しの手」の代償として、あなたも失っているでしょう?』

指の欠けた私の手を見て彼女が言います。

人としての夢を失い、人生の場面場面で多くを失いながら、魂が決めた「器」にようやくたどり着く。

それは「チカラ」を納める「器」となるための人生とも言えるのかもしれません。




私の周りにいる「チカラ」を垣間見せている若い子たちも、例外なくその「チカラ」ゆえに苦しみを背負っています。

だから、自らの「チカラ」を否定して普通に生きる事を選ぶ人もいます。


「チカラ」を受け入れるということは、同時に「代償」も受け入れるということです。



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神様の試験


斎藤一人さんという納税者番付で10年連続1位だった経済界の方がおっしゃっていた言葉で「神様の試験」というものがあります。

自分が大きな不運に見舞われたときこそ、人間性が試される。

その時に何を「思う」かでその後の人生が大きく変わる。

「ツイてないなぁ・・・」と思うか「よかった!ツイてるなぁ。」と思うかで180度人生が変わるというものです。

それが『神様の試験』


物事には常に二面性があります。

そのどちらにフォーカス出来るか?

それが、その後の人生を全く違ったものに変えます。


私の知り合いのとある社長さんも、常に意識をネガティブに落とさないようにされています。

それは、自分が落ちれば会社も落ちる・・・

だからこそ常に意識を上向きに保っているのでしょう。

会社で働く従業員の人生を支える「器」としての自覚です。


松下幸之助さんも常に「いい面」を見ていた方です。

たまたま乗っていた船が沈んでしまって、九死に一生を得るような場面でも「ツイてるなぁ」と・・・

決して二面性ある「悪いほう」を見ない。

それが「器」というものなのでしょう。



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癒し人の旅


癒し人の人生の旅は、ひたすら「自分を癒す」旅でもあります。

癒し人にも様々あります。

松下幸之助さんのような「癒し人」もあれば、私のようなヒーラーとしての「癒し人」もあります。


「チカラ」を得る「器」となるために、あなたは人生の大切な「何」を差し出せるでしょうか?

そして、その時「笑顔」でいられるでしょうか?


「笑顔」でいられるように自分を癒す。

それが「器」を作るということです。

それは見方を変えれば「自分を傷つけない」ことでもあります。

それが「器」を壊さないということでしょう。



そして最後に何を差し出すのか?

『自分自身』


それを差し出して、「チカラ」と一つになります。



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「個性」という「チカラ」


全ての人が「魂が決めたチカラ」を使うために生まれてきます。

ただ、苦しみゆえに魂が決めた人生を手放します。


「チカラ」とは「個性」に他なりません。

人それぞれ「個性」を持って生まれてきているのに、途中で「個性」を放棄してしまいます。


人目を生き、個性を殺し、偽りの仮面をかぶるというのは、「器」となることを「放棄」したようなものです。

自ら「器」となることを放棄しながら、やはり「チカラ」だけは求める。

だから『奪う』ということが起こります。

自らを生み出し満たすことがないため、自ら枯渇した器に力を満たすために「奪う」。

しかし、奪っても奪っても、自ら壊した器には満たされることはありません。


人目を生き、個性を殺した時に、自らを傷つけ器を壊しているからです。

壊れた器にいくら水を入れても抜けていくばかりです。

だからいつまでたっても満たされない・・・



自分を満たすには「自分を癒す」しかありません。

それには、自分を認め、受け入れ、生きる事です。

自分が自分であるということ・・・

それが「チカラ」です。

そして、その「器」となること。

自分という「カタチ」に自分を満たす。

それを選択したものにだけ、「チカラ」は与えられ満たされることになるでしょう。




人目を生きる事と自分を生きる事を天秤にかけて、どちらを選択するかは自由です。

どちらを生きるも人生。

どちらかが正しくどちらかが間違っているわけではありません。

何を求めどう生きたいか?


その先にあるものは、違う道、違う目的地・・・

それだけです。





自分を生きる・・・

それは「欠けた」自分を認め受け入れる事です




The Healer by Koji Asada

龍使いの女神の力と龍使いの力を持つHealer & Therapist 独自のヒーリングセラピーで『魂』まで【癒し】をお届けします

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淺田 こーじ


独自のボディワークとヒーリングワークによる「ゆらぎ」のセラピーメソッド開発

●ボディセラピスト
●ヒーラー
●アロマブレンダー

特定非営利活動法人 日本メディカルハーブ協会
 メディカルハーブ・コーディネーター
公益社団法人 日本アロマ環境協会
 アロマテラピーアドバイザー