世界を創造する



嘲笑われること恐れるなかれ

嘲笑う者 恐れるに足らず




人の目を気にして生きるということは、人の「嘲(あざけ)り」などを気にしている人も多いのでしょう。

貶(けな)され、馬鹿にされ、辱めを受ける・・・

そんな恐れなのでしょう。


ですが、貶されないように、馬鹿にされないようにと、自分の本意を曲げてしまえば、それは自分で自分を痛めつけることに他なりません。

それに、本意でないことを続けていても、幸せでもありませんね。




「嘲る」というのは、「自分が絶対正しい」という思いから生まれます。

そして、その立場から見て「あまりにも愚かしい」ことに対して「嘲り」が生まれるわけです。


人の嘲りを気にして自分の翻意を曲げると言うことは、自分より他者を「信頼」しているということです。

常に他人目を気にしているのであれば、常に自分より他人ばかりを信頼しているということになります。

これは、自分を「尊ぶ」姿勢から最も離れた行為で、自分に対して傷つける行為でもあります。


更に言うなら、自分の意思を「他人任せ」にしているに等しい行為です。



自分で決めたことを貫けないのは、自己を信頼していないということでしょう。






幼少期に信頼をされていなければ、自己信頼は欠如してしまいます。

更に嘲られたりしていれば、嘲りは恐怖そのものになるでしょう。


でもそれは、幼い時のこと・・・


幼い時の記憶が蘇って「恐れ」を抱いてしまうなら、記憶が蘇ったときに幼い自分の目線ではなく、大人になった今の自分の目で見ることです。

自分を信頼してくれなかった人、そして状況、嘲笑った人、そして嘲りのあった状況を、大人の目できちんと見ることです。

そうすると、幼児だった自分の目線では見えなかったものが見えてくるでしょう。


信頼しなかったのではなく、心配していたからかもしれませんし、未熟ゆえに言葉が足らなかったのかもしれませんし・・・

嘲笑った者は、嫉妬していたからかもしれませんし、あなたを恐れたからかもしれませんし・・・



幼児の目線のままで抱いた感情に、大人になって向き合えば、恐れは恐れでなくなると思います。




人は誰でも「自分がほんとは正しい」と思っています。

嘲る者は自分が正しいと思って嘲るだけです。

もしくは嫉妬して嘲笑うだけです。

でも、あなたに関してはあなたが一番正しい。

あなた以上にあなたを知る者はおらず、あなたが正しいという想いを示せるのは、あなたしかいません。

あなたが正しいと思ったなら、それはまぎれもなく真実です。

あなたの心が本気で求めているなら、誰が何と言おうとそれは真実の道です。


あなたの世界はあなただけのものであり、他人の世界は他人のものです。

だから他人にあなたの世界の正しさはわかりません。

あなたにしかわからないのです。



誰もやらない突飛なことをすれば、必ず嘲笑されます。

ですがそれは、「想像を超えた」ことだからです。

しかし、あなたの本心が真実と語るなら、それは真実の道です。

あなたの目に移る世界では「想像を超えた」ことではなく「想像できる」ことだからです。

その世界で今までちゃんと生きてきたのであれば、あなたの目には何の間違いはなく、世界の真実を捉えています。

だから自分を信頼して始めればいい。

そして、嘲笑われようと続ければいい。


やがて人は気付きます。

あなたが「正しい」ということに。



それが「世界を創造する」ということです。




デレク・シヴァーズ 「社会運動はどうやって起こすか」(Youtube)


だから

嘲笑われること恐れるなかれ

嘲笑う者 恐れるに足らず




The Healer by Koji Asada

龍使いの女神の力と龍使いの力を持つHealer & Therapist 独自のヒーリングセラピーで『魂』まで【癒し】をお届けします

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淺田 こーじ


独自のボディワークとヒーリングワークによる「ゆらぎ」のセラピーメソッド開発

●ボディセラピスト
●ヒーラー
●アロマブレンダー

特定非営利活動法人 日本メディカルハーブ協会
 メディカルハーブ・コーディネーター
公益社団法人 日本アロマ環境協会
 アロマテラピーアドバイザー