手の届くところ・・・




手が届かない後悔


探偵をしていた頃、ギリギリで手が届かなかったために、救えなかった生命がいくつもある。


「最善を尽くせていただろうか?」

考えれば考えるほど「後悔」となってしまう。


自分を信じ切ることがとても大切で、特に「直観」や「閃き」を信じ切ることが何より大切な仕事でもあります。

「直観」や「閃き」が常識はずれであり得ないようなとき、論理的な思考に「逃げ込んで」しまうこともある。

なぜなら、失敗しても「言い訳」が立つからだ。


「それだけやったなら仕方ない」

結果を出せない時の言い訳として、論理思考に逃げ込む。


だんたんと業界がそのような仕事の仕方になってきて、「結果」よりも「過程」が重視され出した。

これでは「結果」を追い求めるのではなく、「過程をこなす」ための仕事となってしまう。

論理的説明のつく過程・・・

それが仕事となっている。


社会全体を見渡しても同じでしょう。

探偵業界が特別というわけではありません。


直観を信じて失敗したら、言い訳が立たない・・・・

それなら最初から「過程」をこなす前提にすれば、「失敗」しても言い訳は立つ。

成功を求めるのではなく、失敗を恐れることが大前提となってしまっているからです。





話を戻します。

直観をとことん信じ切れず、手が届かなかった・・・

それは、いくら仕事の「過程」がパーフェクトであっても、自分の中では「後悔」にしかならない。

突飛な閃きや直観が「正しかった」という事実は紛れもないからです。

ただ、直観に従っていても、手が届いたかどうかはわからない。

それでもやはり後悔は残ってしまう。






手が届く大切さ


今はセラピストだから、手が届く人は精一杯守れる。

でも、手が届かなければどうしようもない。

「過程」に逃げなければの話ではありますが・・・・

ここでも同じ。

「直観」や「閃き」ほど大事なものはない。

そして「過程」という逃げ道が常に存在している。



・・・・・


手が届く・・・ということはとても素晴らしいことだと思う。


手が届きさえすれば・・・

その想いが強烈に魂に刻まれているような気がする。

届かなければ本当にどうしようもないから。


人は「手が届く」範囲を何故か疎かにする。

とても大切なことなのに。

手も届かない、声も届かない、視線も届かない・・・

それはどうしようもない事なのに、なぜかそんなことを気にして「手の届く範囲」を疎かにしてしまう。


手が届けば必ず何か出来るのに。

手が届かなければどうすることも出来ないのに。



・・・・・


私がエネルギーワークでお世話になっている恩師は、ご自身が修行中に「マザー・テレサ」にお会いになられたそうです。

その時マザーは「手の届く人を大切に」と、そのようなことを言われたそうです。

そして、そその言葉をとても大切にされています。


マザー・テレサ自身も、死に行く人の「手を取り続けた」方です。

ただただ、ひたすらに「手の届く」ところに在ろうとしていたと思います。




手が届く大切さ

手を差し伸べる大切さ

そして、手を差し伸べてくれるありがたさ・・・


それが何より大切なことだと思います。



どんな力も

どんな技術も

どんな優しさも・・・

手が届かなければ「無い」のと同じだから・・・・・





マザー・テレサと恩師に感謝を込めて・・・


北野坂如水庵



The Healer by Koji Asada

龍使いの女神の力と龍使いの力を持つHealer & Therapist 独自のヒーリングセラピーで『魂』まで【癒し】をお届けします

0コメント

  • 1000 / 1000

淺田 こーじ


独自のボディワークとヒーリングワークによる「ゆらぎ」のセラピーメソッド開発

●ボディセラピスト
●ヒーラー
●アロマブレンダー

特定非営利活動法人 日本メディカルハーブ協会
 メディカルハーブ・コーディネーター
公益社団法人 日本アロマ環境協会
 アロマテラピーアドバイザー