空となる ~ゆらぎセラピーの理 第1番



探偵時代のことを少しお話したいと思います。


セラピーにも関係があると思いますので・・・





まだ20代前半の頃、とある年配の女性を尾行調査しました。


依頼者はその女性の娘さん。


お母さんを心配しての調査の依頼でした。




依頼者のお母さんですが、実は目が見えない方です。


そんなお母さんが最近ひとりでよく出かけるようになったのですが、何処に出かけているのか聞いても答えないそうで、心配になった娘さんが私どもに依頼をされたということです。



細かいところは割愛しますね。



お母さんが家を出てきて、いざ尾行開始。


ですが、ほんの数歩歩いたところでお母さんは立ち止まり、何か考え事をしているようです。


しばらくしてまた歩き始めたのでこちらも歩き始めると、再び数歩歩いたところで立ち止まり、首をかしげてじっとしています。



『もしかして・・・・』



しばらく後、お母さんが歩き始めたので、私はしばらくじっとして様子を見ていましたが、お母さんは立ち止まることなくそのまま歩いていきます。


『あぁ、やっぱりそうか』



尾行していた距離は、お母さんから30メートルほど離れていました。


舗装された道路で、私は足音を常に気にする方なので、いつも靴底の柔らかいものを履いています。


それでも聞こえていたんですね。



今度は50メートルほど距離を置いて尾行をしたところ、ようやく立ち止まることなく進みました。





目の見える方は前方しか見えていないのですが、目の見えない方は360度耳の聞こえる範囲が観えているわけです。


何を見ているかと言うと「心像風景」ですね。


耳で捉えたものを心に映して見ているわけです。




座頭市の時代、按摩(あんま)さんは目が見えない方が多かった。


手先から伝わる風景を心に映して心像風景を観ている。


手先、指先に伝わる違和感を敏感に感じ取って、施術していたのでしょうね。







禅の「空」になるということ・・・


心を空っぽにするということ・・・


それは、自分の「我」を静めて心の中を空っぽにして、水面のように揺れる心の湖面を鏡のように静める。


それはある意味「準備」なわけです。


空っぽになった心に必要なものを満たしていくため、自分の「我」を静めるわけです。


新たに満たしたものに「我」が混ざれば、心に映る心像は本来のものではなく、「我」が混じったものになってしまうからです。





「我」が混じるとは、自分の感情に心像風景が引きずられて形を成すのですね。



自分の心に「こうあってほしい」という「我」の感情があると、「こうあってほしい」という「思いに都合のいい」心像が現れ都合のいい解釈へと導かれるわけです。


つまりはその時点で認識が歪んでしまっているわけです。



コーヒーを飲んでいたコップで、今度はオレンジジュースを飲むとき、コップに残ったコーヒーを飲み干すなり捨てるなりして、一度「空」にしてから新たなジュースを注ぎますね。


もし、コーヒーが残っていたらオレンジジュースはどんな味になるやら。


そういうことです。






例えばセラピーの時、お客様が「腰が痛い」と言ったとします。


その後様々な質問である程度こうじゃないかな・・・などと当たりをつけていくわけですが、「つけた当たり」「我」となるわけです。


え!? なんで?


と思うかもしれませんが、問診と言うのはどんなに優れたお医者さんであっても、誤診率50%という数字です。


それほど難しいものです。




お客様の訴えは当然丁寧に聞き取って差し上げなければいけません。


しかし、人体の認識と言うのはそれほど難しく複雑で、まだまだ分からない部分、未知の部分が山ほどあります。



ですから、聞いたことすべてを一度脇に置いて、置いたことを忘れずに心の中は「空」にする。


空にして純粋な手先指先その他から伝わる情報を心に満たしていき、そこで引っかかる違和感と、先ほど脇に置いたものが合致するなら、それを取り除く努力をすればいいわけです。


ただ、当たりをつけた以外にも不調の原因は当然「在る」ものとしての心構え


それが「我」を静めて心を「空」にするということです。







感覚を研ぎ澄ませる


感覚を研ぎ澄ませるため、ゆらぎのセラピー最中は目を閉じているか、もしくは「半眼」でいることが殆どです。


余分な情報入力を排除して感覚の入り口を絞り込んで研ぎ澄ませるためです。



最初に書きました尾行の話ですね。



よく「観る」ために目を閉じるのです。





私の探偵仲間は、それはそれは皆「五感」が研ぎ澄まされています。


五感が研ぎ澄まされると、その上の「第六感」が働き始めます。



普通の人が疑ってやまない「直観」というものですが、我々探偵にはなくてはならなかった感覚です。


直観、ひらめき、無意識に動く。


これで何度救われたことか・・・・




セラピーもなんら変わりはないと思います。


感覚を研ぎ澄ませて得られるひらめきや直観は、問診やカウンセリングでは観えない部分を観せてくれます。



知識や技術は当然大切です。


せっかく見つけた不調の原因を知識も技術も無ければ取り除けませんから。



ただ、そんな取り除くための知識や技術も、「見つけられなければ」意味がないわけです。



見つけるための技術であり修練のたまもの・・・


それが、ゆらぎセラピー最初の段階「空」です。




最初の「空」が出来なければ、セラピーの道順は全く違ったものになって、本来到着すべき場所にたどり着けなくなります。



たぶん、最初の段階にして最も大切なものが「空」となることなのだと思います。









The Healer by Koji Asada

龍使いの女神の力と龍使いの力を持つHealer & Therapist 独自のヒーリングセラピーで『魂』まで【癒し】をお届けします

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淺田 こーじ


独自のボディワークとヒーリングワークによる「ゆらぎ」のセラピーメソッド開発

●ボディセラピスト
●ヒーラー
●アロマブレンダー

特定非営利活動法人 日本メディカルハーブ協会
 メディカルハーブ・コーディネーター
公益社団法人 日本アロマ環境協会
 アロマテラピーアドバイザー