夢の継承~変容 そして羽化


夢の継承


早すぎた「共生」の夢



なぜ人は手を取り合わないのだろう?


それが「企業」という組織を見てきて思った若き日の感想だった。



追いつけ、追い越せ、引きずりおろせ・・・・

競争原理にまみれた組織に疑問を持ち続けていた。

だから出世が確定しても、素直に喜べずにやがて離れていった。

実利を追って稼いでも、心の穴は埋まらない。


それが社会だから、それが現実だから・・・・


だからといって染まれないものは染まれない。


ならばどうする?


変えるしかないのだろう。



そうして25歳で独立して独りになり、2年後、27歳の時に計画書を作成した。


それがペルソナ



本当は十数ページに及ぶ企画書でしたが、今はもう頭の中にしか残っていません。



当時、ORACLEというソフトウェア会社が社内LANを使って社員同士の情報共有やコミュニケーションツールとして「ORACLE ZOO」というものを作り利用していた。


それはFacebookの原型となるようなものでした。


それを形を変えてもっと深い、もっと個人的な情報のシェアという方法論も織り込んで企画書を練った。



ただ単に企画書を企業に持って行っても意味がないので、まず最初にリクルート社が出版している雑誌「アントレ」で、事業計画の立案を募集していたのでそこへ出してみました。


既に「調査業」をしていたので事業計画というものではなかったが、それでも企画を認められて賞を頂き、それを冠にして企業へアプローチを始めました。


起業にアプローチを始めると共に、役所へも資金提供や情報のシェアを求めてアプローチしていったわけです。



が、時代が早すぎた。


企業は景気後退を機に「待ち」と「守り」の姿勢に終始し始めていた。


「景気が上向くまで待とう」



だが、ほとんどの日本企業が「待ち」の姿勢に入ったら、どうして景気が上向くことが出来るのか?


そんな単純な答えが出る疑問さえ持てないほど、人は恐れ、不安からの行動を取り始めるばかりだった。



そして21世紀を迎えても、更には現在に至っても、人と人とが手を取り合うという単純で純粋なものへと至らない。






あたりまえがあたりまえではない時代



毎年、納税ランキング1位になる斎藤一人氏が語っていた。


「学校でもみんなで協力しあえばテストは全員100点になるじゃないか」



何を馬鹿なことを言っているのかと思う人が殆どでしょう。


それじゃテストの意味がないと。



企業や社会の様々な組織、共同体は「テスト」をする場所ではありません。


協力し合えば恐ろしいまでの、それはそれは大きな力が生まれます。


非常にあたりまえの、単純なことです。


でもなぜか多くの人がこのことを理解できない。


ひじょうに不思議に思います。



理解できずに手を取り合わずに、ただただ恐れている。


見えない未来の不安を恐れている。



何故恐れるのか?



困ったときに「助け」が得られないから、人を踏み台にしても自分の未来の安泰を勝ち取っておく必要があると。




人と人が手を取り合っていれば、困っても助けてもらえるのに。


何を恐れる必要もなくなるのに。


単純で純粋なあたりまえの事実。


でも人は手を取り合わない。


そして恐れている。




松下幸之助氏がこう言いました。


「私が成功したのは、家が貧乏だったこと、身体が弱かったこと、学校へ行かなかったこと。これしか考えられません。」


この言葉の中に人が心理的に持っている「恐れ」の答えがあるでしょう。


そして、あたりまえのことに「気付けない」答えもあります。


同氏は人と協力することの大切さを誰よりも理解していたのでしょう。







思考停止社会


リスクコンサルタントの郷原信郎氏がよく語っていた言葉です。


特に企業や様々な組織が「コンプライアンス」を重視するようになって、更にこの「思考停止」が加速しているという。


コンプライアンスと言えば聞こえはいいが、要は狭い枠の中に人の意識と行動を閉じ込めるということに他なりません。


羊飼いが羊のいる柵をより高く、より堅固に、より狭くしたのがコンプライアンスです。


つまりは「あきらめ」と「不自由」をもって人を管理する手段です。


餌が欲しければこの柵の中で大人しくしていなさいということです。



松下幸之助氏が言っていた「学校に行かなかったから成功した」というのも、実は「思考停止」が無かったと言いたかったのでしょう。


コンプライアンスの原理は学校教育の中でも息づいています。


時代の変遷の過程で学校教育も、柵はより高くより堅固により狭くなっています。






思考の誘導


心理学を勉強していれば、人の思考を誘導することは難しいことではないとということがわかります。


一番いいのが「刷り込み」です。


堅固で狭い柵の中で刷り込まれた意識は、社会に出てからも「常識」として人の心に根付いています。


だから、どう考えても「おかしい」事が、常識としてまかり通るわけです。


そして、メディアを通してさらに情報は刷り込まれてゆきます。


大量の情報と声の大きさ。


それが「非常識」を「常識」として最も刷り込みやすい手段です。



だから気づかない。


単純で、あたりまえで、純粋なことに・・・・・・







天の時


天の時を知らなければなかなか思うようにはならないものです。


20代の若いころはそのことに気づかづにガムシャラに突破しようとしていましたが、天の時は「まだだ」と告げているときに突破しようとすることは、ドン・キホーテのような勇ましさなのでしょう。



あれから20数年・・・・


天の時がようやく朝を告げてくれています。



人が手を取り合う・・・・


この単純であたりまえのことを、浸透させてゆけたらと思います。


それには、人を「恐れ」から解放しなければなりません。


単純に「柵を壊せばいい」というわけにもいきません。


柵が突然無くなれば、人は恐怖におののくでしょう。



長い年月をかけて強固に作られた柵、そして長い年月をかけて行われた思考停止、更に長い年月をかけて刷り込まれた常識、その長い年月の間に人々の心に育った恐れ。



これらのものを、時間がかかりながらも癒し、解きほぐし、元の状態に還すことが、人生をかけてこれから行う最高のセラピーなのかもしれません。


それには、私一人の力ではどうにもなりません。


多くの人たちの力が必要でしょう。


様々な分野の様々な方たちが、水が浸透して広がってゆくように、湖面の波紋が広がるように・・・・



人の心の根っこのところには、あたりまえのように存在しています。


幾重にも重なった壁を通り抜けて、その心を揺り起こしてゆけたらと思います。





2017/01/23 如水




補足記事


卓上の兵法



  孫子・呉氏の兵法や六韜・三略などの兵書を経営者が好んで読んだものは多い。


しかし、これらの兵書を生かせていた人は非常に少ないだろう。


戦いの現場というものを知らず、たぶん想像すらしていない人が多いのではないかと思う。


死地に向かう人々


死を賭して戦う人々

帰還する人々

それらの人々の心情を想像したことがあるだろうか?



死に向かうから恐ろしい


生きて帰れたからうれしい


そんな安易な心情で戦場に赴く人はいない。



小説を読んでも、大河ドラマを見ても、大切なこと・・・肝心なところが伝わらない。


軍隊の強さの秘訣となる根本のところは、実は兵書には細かく書かれていない。


それは、その時代の人々にはあたりまえのことであったから、わざわざそんなことを書く必要はなかった。


しかし、そのあたりまえが失われた現代では、肝心なところが「欠落」しているに等しい兵書となってしまっている。




戦いの場で個人個人の競争を煽るような武将は、はっきり言って無能でしかない。


これは恐らく誰かの小説の間違いがそのまま「常識」として勝手に根付いてしまったもののせいだろう。


手柄競争など言語道断である。



競争原理で競い争うというのは、それは内部の争いと同じことです。


読んで字のごとくあたりまえのことです。


競争は個々の分離、分裂を生み出します。


個々に分離、分裂した敵を撃退するのは「いともたやすい」ことだからです。


競争しているものはやられている仲間を助けません。


なにせ競争しているんですから、競争相手が減れば助かりますから。


そして競争しているものたちは、応援もしません。


なにせ競争していますから。



こんな軍隊が強いわけがない。


よしんば競争しているとすれば、それは一際抜きんでた強者どもが、一番槍を競うことと戦いが終わった後に敵将の首の数を競うことぐらいです。


この一際抜きんでた強者は、競いはしますが争いはしません。


危ない仲間がいれば助けますし、競っている相手だとしても助けます。


自分の命に責任を持ち、自分の行動で兵勢が変わるのを知っているのでそこにも責任を持っています。


その責任を持った上での「余興」としての競いあいです。


この時代の人たちは「競争」は内部分裂を起こし、やがては家の、国の崩壊を招くことを当たり前のように知っていたはずです。


しかし、それを知らない現代の作家は、現代の原理を戦国時代に当てはめてしまった。




上杉軍団は強い。


日本で最も強かった軍団です。


上杉軍団の兵士は戦いに挑む際、一言もしゃべってはいけなかったそうです。


しゃべると処刑されます。


戦いが始まるまで寡黙に押し黙ることで、身体の内部に気勢(エネルギー)が溜まることを上杉謙信は知っていた。


そして兵士たちは体内に限界までため込んだ気勢を、戦いの場で一気に解放したとのことです。


さらに、上杉軍団の兵士の行動の統制は見事に一致団結して、常に集団の密集隊形で戦いに挑んでいました。


それは個人個人がばらばらに動くと、それだけで格好の餌食となるからです。


常に密集しているから、そこに挑む敵は常に「大勢」と戦わなければならない。



そして上杉軍団のエネルギー溢れる勢いがあります。


もはや止められるものなどいません。



上杉謙信は言いました。


「どんなに数の多い敵でも、八千の兵があれば勝てる」


兵は数だけで計れません。


勢い、行動、心情など、兵士一人一人のことまで理解して初めて「名将」となれるのでしょう。


だからこそ兵士は安心して命を預けられる。


そして、たとえ死んでも国の風景を愛し、民を愛し、百姓を愛し、作物を愛する上杉謙信を知っているからです。


越後の雪景色を美しくするため、越後の家々はすべて焼き板張りだったそうです。


雪景色とのコントラストの美しさは見事だったことでしょう。


越後屋三井を育て越後を豊かにし、治水を施して越後を米どころの国にし、越後の酒造を奨励して自らも酒を愛し、信義を重んじ礼を重んじる態度が、人々からも愛されたのでしょう。


しゃべっただけで処罰する恐ろしさは、全員生きて帰したい覚悟の現れです。


一兵たりとも損じたくない思いが、軍団を強くしていったのでしょう。




「競争」は戦いのない平和な時代の産物です。


しかしそれは企業や社会で行うことでは決してないはずです。


テストの点数を競う。


それは学校行事の一つとしてあればいい。


足の速いのを競う、力の強いのを競う、頭のいいのを競う。


そうして個性を磨き上げて、のちに社会に出て「一致団結」した絆のもので能力を発揮すれば、その集団は「上杉軍団」のごとく「無敗」の神話を築くでしょう。


戦い争うことを忌み嫌ってここで書いているわけではありません。


平和な時代におよそ平和でない人生を送ってきたからこそ言えることです。


ただ 戦う相手を間違えるなと言いたいだけです。


仲間同士、身内同士争うことを忌み嫌っているだけです。



何度も言いますが「競争社会は社会基盤を弱く」します。


統治する権力者には好都合でしょうが、それは統治者に「能がない」ということでもあります。


経営者も然りでしょう。




だからこそコンプライアンスなどというものが生まれたわけですから。


統治能力がなくても統治できる「魔法の呪文」のようなものです。


魔法にかかった人には絶大な効果でしょう。


今の世の中そのようなことが本当に多いです。



卓上の空論では何も変えられない。


私自身もそのことを常に念頭に置いて向き合っていこうと思います。





PERSONA


ペルソナが目指したもの

それは ただ手を取り合うこと


ペルソナを開発したのは、まだ日本が「リストラ」や「派遣労働」を主体とする以前、いずれ日本もリストラが当たり前の時代になるとの観点から、リストラせずに組織をリエンジニアリング出来ないか?との思いから始まりました。

しかしながら多くの企業は、過去の資産を食いつぶしながらコスト削減により存続することを選びました。 

結果、後から追い上げてくる勢いある新興者たちに追い抜かれてゆくという結果をもたらし、もはやかつての競争力は衰え収縮して行かざるをえない状況となってしまいました。

組織は人なり これを忘れた組織は、もはや再起の力はないでしょう。


人の可能性を最大限に生かす

調査と心理学の融合 

「ペルソナ」とは、一個人に関する情報をまとめたレポートです。

調査で得た情報を基に心理分析を行い、個人のもつ可能性を最大限に生かしたいという思いから生まれました。

この中に記された情報には、一個人だけでなく組織をも根底から変えてしまう程の力が備わっているものです。

実際に、本人も気付かない自己の性格や環境変化によって現れる自己の特性、更に性質分析による適正判断や能力開発のためのアドバイスも含まれており自己変革への道しるべにもなる情報が詰まっています。

この貴重な情報を用いることにより、人も企業も必ずより一層大きく生まれ変われるでしょう。


ペルソナレポート

概要・・・・・・・・個人の基本情報把握

経緯・・・・・・・・発達経緯の把握

環境・・・・・・・・対人環境、背景の把握

現況・・・・・・・・現在の状況把握

性格分析・・・・・・パーソナリティ分析(エニアグラム)

精神流動性・・・・・精神レベルの段階と流動性向の分析

性質分析・・・・・・傾向の視覚化

アドバイス・・・・・精神面の育成を目指したアドバイス


成果主義のみではプロフェッショナルは育たない

社員の適正を見極める上で非常に役立ちます。

適材適所の人事配置が可能となります。

管理者側よりアドバイスがスムーズに行えます。

仕事上の問題解決能力がアップします。

仕事のレベルアップが計れます。

他者との仕事の連携がスムーズに行えます。

環境の流動性に耐え得る柔軟な精神を養えます。

組織自体が柔軟性のある構造に変化してきます。

公私を問わず個人の生き方が変わります。


何を変革するのか?

人を育む環境


人が育たなければ社会や企業は発展しません。

資産配分の組み替えだけでは、社会や企業はいずれ行き詰まることになるでしょう。

人を育て、技術や文化を発展させるからこそ、社会も企業も永続性が生まれます。

そのために最も必要なのは、人を育てる「環境」であり、人を育てようという「希望」です。


人材から人財へ


人を「材料」と見なすのか、それとも人を「財産」と見るのか・・・

たったそれだけのことが、社会や企業の未来を大きく変えることになります。

人を知り、人を信用し、人を育み成長させる環境こそが、人を「宝」とする考えであり、人材を「人財」として育むのです。  



The Healer by Koji Asada

龍使いの女神の力と龍使いの力を持つHealer & Therapist 独自のヒーリングセラピーで『魂』まで【癒し】をお届けします

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淺田 こーじ


独自のボディワークとヒーリングワークによる「ゆらぎ」のセラピーメソッド開発

●ボディセラピスト
●ヒーラー
●アロマブレンダー

特定非営利活動法人 日本メディカルハーブ協会
 メディカルハーブ・コーディネーター
公益社団法人 日本アロマ環境協会
 アロマテラピーアドバイザー